クライマー
出身地
東京都
パラクライマー(視覚障がい、重度の弱視)。1969年、東京生まれ。20代には健常者として、クライミングで活躍し、ジャパンカップ優勝(1992年)などの成績を残す。30代から山岳専門雑誌の編集に携わる。40歳を過ぎてから緑内障により視野を大きく欠損して、重度の弱視となる(障害者手帳1種2級)。
以来、パラ・クライマーとしてワールドカップなどですぐれた成績を残している。
競技のほか、パラクライミングの魅力に、障がいの垣根を越えた共感と理解があると感じている。その理由を、「クライマーは障がいの有無に関わらず、同じ場所とルールでクライミングを楽しむことができます。岩に挑む喜びは、その場にいるクライマー全員で分かち合えるもの。その共感と理解は、クライミングがもつ価値のひとつ」と説明する。
また、障がい者には危険だからやめてほしいという考えではなく、障がいがあっても挑戦ができるという姿勢を自身のクライミングを通して表現したいと考えている。
(クライミング歴)
視覚障がい以前、高校生の時に登山をはじめ、大学でフリークライミングと出会う。20代で南フランスの岩場を多く訪ね、当時の最難ルートのひとつであるマジノライン(8c)や、ラ・ローズ・エ・ル・ヴァンピール(8b+)を登る。1992年、ジャパンカップ(現在のリード・ジャパンカップ)優勝。1993年、同じくジャパンカップ2位。
視覚障がい以降
男子B3クラス
2014年ワールドチャンピオンシップ スペイン・ヒホン大会/1位
2021年ワールドチャンピオンシップ ロシア・モスクワ大会/1位
2023年ワールドチャンピオンシップ スイス・ベルン大会/2位
2024年 ワールドカップ/オーストリア インスブルック大会/2位
2025年 ワールドカップ/年間総合ランキング/2位
資格
クライマー
出身地
東京都
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