Vol.6

山梨編
【早春の瑞牆山と絶景の里山】

ARC'TERYXが日本の美しいフィールドを紹介する「Backyard」。今回、山梨県の魅力的なフィールドをナビゲートしてくれるのは、甲府のアウトドアショップ「ELK(エルク)」スタッフのお二人。
山梨に暮らし、地元のフィールドに足繁く通うお二人が選んだのは、日本百名山として人気の「瑞牆山(みずがきやま)」と、山梨県民が愛する絶景の里山「武田の杜(もり)」です。まだ雪を残した富士山、南アルプス、八ヶ岳の景観に囲まれながら、清々しい早春の山梨の山を楽しみました。

日帰りで楽しむ日本百名山。富士山、南アルプス、八ヶ岳の絶景

甲府市街から南アルプスが一望のもと。身近なトレイルと大パノラマ

Part.1【早春の瑞牆山】

日帰りで楽しむ日本百名山。富士山、南アルプス、八ヶ岳の絶景

歩くだけで気分がいい原生の森

山梨県の北西部に位置する瑞牆山は、上部が複雑な花崗岩で形づくられ、ひと目でそれとわかる山容が特徴的だ。山頂までのコースタイムは比較的短く、それでいて、変化に富んだ登山道は歩く人を飽きさせない。また、日本百名山ながら日帰りで楽しめる点も人気の理由のひとつ。

登山口となる瑞牆山荘前の駐車場に集まったのは、寒さもやわらいだ3月下旬のよく晴れた日だった。

ナビゲーターはアウトドアショップ「ELK」の綾井 さん(左)と店長の中込 真太郎さん(右)

山梨は植林地から始まる山が多いんですよ。でも、瑞牆山は登山口から人の手が入っていない自然の森ですから、歩くだけで気持ちがいいですよね」

教えてくれたのは、この日のナビゲーターを務めてくれるアウトドアショップ「ELK」の綾井瞭さんと、店長の中込真太郎さん。

綾井さんはトレイルランニングに熱中していた頃、瑞牆山には出勤前のトレーニングでよく山頂を往復し、今でも毎年欠かさず登っているという。また、中込さんは、店のお客さんと山に登る機会が多いことから、日本山岳ガイド協会の登山ガイド資格を取得している。

歩きはじめは木漏れ日が差し込む原生の森をゆるやかに進む

綾井さんの言う通り、木漏れ日が差し込む原生の森は、たしかに歩くだけで気分がとても良い。やわらかな土を踏みしめるように、ミズナラやシラカバの林をゆるやかに登っていく。

道はやがてつづら折りに変わり、小さな分岐を左に折れるとオーバーハングした岩の下に小さな祠が現れた。金峰山を本尊に見立てた山岳信仰が盛んだった時代に、麓の人々が建立した里宮だ。メインの登山道から少し外れ、地形図にも載っていない小さなお宮だが、ELKのスタッフは毎回ここに参拝してから山頂を目指すという。

里宮からわずかに進んだ尾根の鞍部に立つと、瑞牆山の全景が目の前に広がっていた。歩き始めてから30分ほど、まずはここで小休止。花崗岩の岩塔が幾重にも折り重なる瑞牆山の姿は、見ていて飽きることがない。

展望ポイントからの瑞牆山全景。日本離れした花崗岩の山容が見応え十分

スリリングなアトラクションをクリアして

ゆるやかな尾根をしばらく登ると富士見平小屋。小屋番の方もたびたびELKを訪れるという仲で、山小屋の営業期間は必ず立ち寄って挨拶を交わすという。綾井さんはELKで働き始めて8年だが、入社して間もない頃、ここにテントを張って12日で金峰山と瑞牆山を往復した。それが初めての瑞牆山だったそうだ。

「ここでたまたま店の常連さんと会って、いろいろなコースを教えてもらったんです。まだ山梨に来てから間もない頃だったので勉強になりましたね。店のお客さんと山でお会いすることは多いです。とくに毎年の南アルプス開山日には、バス停で皆さんと会って、『今年もよろしくお願いします』と挨拶を交わす。それで今年もシーズンが始まったなと実感するんですよ」

富士見平小屋。キャンプ指定地があり、金峰山登山のベースにもなっている

富士見平小屋から尾根道を進めば金峰山。瑞牆山へは北斜面を回り込むように進む。ほどなく登山道には氷化した雪が現れ、ELKのお二人は躊躇なくクランポンを装着した。この先は日の当たらない北向きの森が続くため、遅くまで雪が残ることが多いとのこと。

登山口ではシャツ1枚で過ごせる陽気だったが、季節としては春の残雪期。結局、この日は山頂までの往復でクランポンを外すことはなく、お二人の判断の正しさを再認識することになる。

3月末とはいえ北向きの林の登山道では硬い雪が残っている。クランポンは必携

巨岩を頂点から断ち割ったような桃太郎岩

北斜面を下り切って小さな沢を渡ると、高さ10m以上はあろうかという桃太郎岩。ここから山頂までの標高差430mが、瑞牆山登山のハイライトにして核心部だ。道は急傾斜を縫うように延び、ハシゴやクサリ場、岩場など、次々に現れるスリリングなアトラクションをクリアするように高度を稼いでいく。

クサリ場が数カ所。傾斜もゆるく足場がいいので恐れることはない

岩と岩の隙間をくぐりぬける。これも正規ルート

やがて樹林の間から空が開けてくると、左手に聳える巨大な岩塔「大ヤスリ岩」が見えてくる。ここまで来れば、山頂まではあとわずか。

大ヤスリ岩が見えてきた。ここまで来ればあとわずか

瑞牆山山頂近くに聳える大ヤスリ岩。3ピッチほどでピークに立てるフリークライミングルートがある

ご褒美は最後の最後。それが瑞牆山登山の魅力

分岐を右に進むと、突然、樹林が切れて山頂に顔を出した。天を衝くような大ヤスリ岩はすでに眼下で、目の前には遮るもののない大パノラマが広がっている。左手には頂に五丈岩を乗せた金峰山。右に視線を移せば雪を残した富士山、南アルプス、ぐるりと回って八ヶ岳、その奥には北アルプスまで見えている。綾井さんは笑ってこう言った。
「南アルプスや奥秩父もそうですが、山梨の山って樹林帯が長く、山頂に立ってようやくパノラマが広がるパターンが多いのです。ここ瑞牆山もそうで、ご褒美は最後の最後なんですね。それが楽しみだから、辛い登りもがんばれるんですよ」

標高2.230m、瑞牆山山頂からの眺望。頂上付近に雪を抱いた金峰山が見えている

絶景のひとときを楽しんだ後、後ろ髪を引かれるように山頂を後にした。今回は同じ道を戻るピストンルートで、ゆっくり下って富士見平小屋まで1時間半。駐車場までは2時間半ほどの行程になる。

時間的に余裕があるから、富士見平小屋でコーヒーを淹れて、ゆっくり余韻を楽しもうというのが今回のお二人のプラン。ローストしたてのコーヒー豆とハンディタイプのミルとドリッパーをわざわざバックパックに詰めてくるあたり、アウトドアショップのベテランスタッフに抜かりはない。小屋の近くには「平成の名水百選」に選ばれた湧き水があり、名水で淹れた挽き立てのコーヒーは格別だ。

「平成の名水」の湧き水は、富士見平小屋からわずかに下った位置にある

香り高い挽き立てコーヒーを山で楽しめる幸せ

「瑞牆山は山の魅力が凝縮していると思っています。岩場があり、気持ち良い林があり、景色ありと、けっこうわかりやすく山の魅力を伝えられるなと思っていて、それでいてコースタイムも往復で5時間前後と長くない。日本百名山ですが、ほかと違って日帰りでもチャレンジできるから、初めての方もけっこう多いですしね。そういう意味では、人を選ばず、誰でも楽しめる山なのかなと思います」

帰路の原生林を行く。帰りもまた自然の雰囲気が心地良い

■標高:登山口720〜山頂2,230m(高低差720m)
■夏山登山シーズン:5月上旬〜10月中旬
■残雪期登山シーズン:3月下旬〜4月中旬
■コースタイム:登り約2時間50分、下り約2時間10分
■富士見平小屋営業期間:4月1日~11月23日(2023年)
※平日は不定休、テント泊は通年可
■アクセス:中央自動車道須玉ICから県道23号経由、瑞牆山荘周辺駐車場へ
■駐車場:約120台(無料)
※以上、北杜市ホームページ観光情報より

Part.1
【早春の瑞牆山】

日帰りで楽しむ日本百名山。富士山、南アルプス、八ヶ岳の絶景

協力:アウトドアショップ「ELK」
映像:井上 卓郎(Happy Dayz Productions)
写真:武部 努龍
テキスト:寺倉 力
制作:牛田 浩一(B.O.W)
企画:アークテリクス