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ガイド業・登山地図の執筆・ドローンを使った捜索活動と、

四季を通してゴアテックスウェアが選ばれる理由とは

石沢 孝浩Takahiro Ishizawa

文=寺倉 力Chikara Terakura

石沢孝浩さんは山形県月山エリアで夏は登山ガイド、冬はスキーガイドとして活動している。と同時に、蔵王の登山地図を改訂するための調査・執筆を担いつつ、ドローンを活用した山岳遭難捜索活動に従事している。山が好きでガイドを続ける石沢さんの眼差しの先には、いつも安全に山を楽しんでほしいという思いがある。そんな多岐にわたる活動の実際と、現場を支えるウェア選択の理由を伺った。

石沢 孝浩(いしざわたかひろ)

1967年、山形県生まれ。
マウンテンガイド「IDEHA」代表として、夏は山形を中心に登山ガイド、『山と高原地図・蔵王』(昭文社)の調査と執筆、登山のカルチャースクールを開講。冬は月山エリアを中心にスキーガイドやテレマークスキー指導。また、ドローンを活用したココヘリの山岳遭難捜索活動にも携わり、全国の山岳地域での行方不明者の捜索に尽力している。
日本山岳ガイド協会認定ガイド(山岳ガイドステージⅠ/スキーガイドステージII)

豪雪の月山で真冬のスキーガイドを始めた頃

山形県・月山は国内屈指の豪雪で知られる名山。ここで登山・スキーガイドとして活動しているのが石沢孝浩さんである。

山形で生まれ育った石沢さんは、28歳のときに東京からUターンで故郷に戻り、ガイド資格を取得して登山とスキーのガイドになった。そして自身のガイド会社「IDEHA」を立ち上げ、まずは月山の春スキーツアーからスタートした。

当時、月山のスキーシーズンは春以降が一般的だった。それは冬季の降雪量があまりに多いからだ。実際、今も上部に位置する月山スキー場のオープンは春からで、むしろサマースキーのほうが有名なほど。

「それでもあるとき思い立って、厳冬期のスキーガイドを始めたんです。初めのうちは、週末にお客さんが一人か二人来ればいいほうでした。除雪の終点から歩き始めるのですが、一人で3時間近くラッセルです。当時は若かったけど、体力が続きませんでしたね。今のほうがぜんぜん強いくらいです」

そうした状況が変化したのは、キャットツアーの営業が始まってからだった。志津温泉から姥沢小屋までの標高差500mを上がる雪上車によって、厳冬期の行動範囲は飛躍的に広がった。天気が良ければ姥ヶ岳や主峰月山まで足を伸ばし、視界がなければ麓に広がるブナの原生林でパウダースノーを堪能した。

「それでも最初のうちは厳冬期の月山で行動していたのは私たちくらいで、つねに恐れを抱きながら山に入っていました。冬山登山者もほとんど見かけませんでしたしね。それがキャットツアーが始まってから徐々にお客さんが増えていった感じです」

こうして真冬の月山のディープパウダーは全国のスキーヤー・スノーボーダーの間で知られるようになり、現在では石沢さんのIDEHAを含めて3つのガイド組織が、互いに情報を共有しながら活動を続けている。

また、石沢さんは国内外の講師を招いた雪崩事故防止講習会を定期的に開催するとともに、東北で活動するスキーガイドを集めたアバランチミーティングの旗振り役も務めている。

石沢さんが雪山の安全対策にこだわるのは、やはり、厳冬期のガイドを始めた当時の「恐れ」がいつも心の底にあるという。人が増えたといっても、雪崩など冬山のリスクはなにも変わらない。だから、常に謙虚な姿勢で山と接することが大事だという。

「やはり、お客さんを山に連れて行っている以上、その人の命と、家族の信頼を担っているという意識がつねに私のなかにある。ガイドになって終わりじゃなく、そこからがスタートですからね。より安全に行動するために技術を身につけるのは当たり前で、日々高めていこうという意識が大事だとつねづね自分に言い聞かせています」

あの『山と高原地図』の調査と執筆を担う

昭文社の『山と高原地図』といえば、長年に渡って多くの登山者が頼りにしてきたロングセラーの登山用マップ。さまざまな登山地図があるなかで他の追随を許さないのは、5万分の1の地形図上に記載された登山コースやコースタイム、山小屋や水場の位置といった詳細な実用情報だろう。

当然、記載された情報の正確さが生命線ゆえ、昭文社は年に1回、最新情報にアップデートした改訂版を発売している。この毎年の改訂を支えているのは、それぞれの山域に詳しい調査員による現地踏破調査だ。

石沢さんもその一人。前任者から『山と高原地図・蔵王』の調査・執筆を引き継いだのは12年前のこと。子どもの頃から地図が大好きで、それが高じて東京の地図関係の会社に勤めたという石沢さんには、もってこいの仕事だった。

「話をいただいて即答でした。一人の地図好きとして、もっとこの仕事に没頭したい気持ちは山々なのですが、夏は登山ガイドの仕事があるので、最低限必要な日数に限られるのが惜しいところです」

毎年の改訂といっても、広い山域を一人の調査員で担当するため、年ごとにエリアを決めて、一定の日数で調査を行う。ただし、その年の範囲外でも読者から具体的な指摘があった個所は、必ず確認しに行くことになる。

調査では実際のコースを歩きながら、登山道の現況をチェックし、同時に行うのがコースタイムの再確認である。実際にルートを歩きながら所要時間を計測するのだ。

「やり方は完全にアナログです。歩きながらタイムを計り、その都度メモ帳に書き込んでいきます。歩くペースがなかなか難しくて、速くてもだめだし、遅くてもだめ。適切なペースをつかむまでにはけっこう時間がかかりました」

調査を終えると清書用の大きな地図に変更内容を書き込み、それを成果品として昭文社に提出。毎年、改訂版発売は春と決まっているから、納品は9月中旬。そうなると、8月中には調査を終える必要がある。

「本当はもっと涼しい時期にやりたいんですが、締切の関係でどうしても夏がメインになります。でも、夏は登山ガイドが忙しいので、必然的にツアーが中止になった雨の日が多くなるかな。いつもレインウェアを着て、ドロドロになりながら雨のなかを歩き回っていますよ」

石沢さんは登山道調査に際してピンクテープを持参し、危険な個所には登山者に注意を促すためのピンクテープを付けることもあるという。

「あまりベタベタと付けすぎては逆効果なので、要所要所に、です。これは調査の一環ではなくて、完全にプラスアルファ。ただ、この登山地図自体も安全に山に登るための手引きになるわけです。だから、やれることはやっておきたいですね」

ドローンを活用した山岳捜索活動に参加して

石沢さんの仕事のなかで、やや特別な位置づけに思えるのは、ドローンを活用した「ココヘリ」の山岳遭難捜索活動への参画だろう。

「ココヘリ」とは、無線測位システムを使った山岳捜索サービスで、登山者が電波を発信する小型無線発信機を持つことで、もしもの際はいち早く場所の特定ができるというもの。発信機はキーホルダーにクリップできるくらいのサイズなので、山行の負担にならない点もポイントだ。

山でなにかあった場合、遭難者が自ら119番か110番に掛けられれば、ピンポイントで遭難場所が特定される。スマートフォンの発信先からGPS座標を入手できるからだ。だが、それができない場合は、登山届に記載された行動予定に沿って、空と陸から捜索にあたる。当然、登山届が出ていない場合は完全にお手上げだ。

それに対してココヘリは、登山者が身につけた発信機の電波から場所を特定するシステムだから、発見される確率は段違いだ。さらには遭難者自身が救助を要請できない状況、たとえば遭難者本人が意識を失っていた場合でも、最長2ヵ月間にわたって電波を発信し続けるという特長がある。

「私が関わるようになってからでも、ココヘリがなかったら絶対に助からなかったという遭難案件は少なくありません。要救助者と直接コンタクトできなかった場合、ヘリからの捜索は目視ですから、森のなかや、ヘリが入れない深い谷にいたら発見は非常に困難です。地上班は登山道の周辺から捜索するので、そこから大きく離れた場所にいた場合、大海原を探すようなものです。それがココヘリならどこにいてもピンポイントで発見できるんですよ。電波を拾うというのは、やはりすごいことだと思います」

なかでも、石沢さんたちのドローンを活用した捜索への期待は大きく、そのポテンシャルに注目が集まりつつある。ドローンは人が入れない山のなかで、広範囲を迅速に探索することが可能で、ヘリよりもフットワークは軽く、操作も容易。なにより、狭い沢筋にも入っていけるため、ヘリでは難しい子細な探索が可能だ。

「まずはドローンを真上に上げて、そこで360度回転させて電波を探します。その場所で電波をキャッチできない場合は、500mほど沢の上流にドローンを移動させて、同じことを繰り返します。ドローンに装着した受信アンテナには方向性があるので、沢の谷間や側壁などに向けてぐるりとスポットライトを当てていくイメージです。そうやって、沢の一本一本を丹念に探していくのです」

石沢さんがココヘリのドローン捜索チームに加わったのは5年ほど前のこと。もともとドローンの操縦に興味があり、そのことは登山と無関係だったという。そして、何ごとも徹底的にのめり込む性格の石沢さんはインストラクター資格まで取得する。

それがあるとき、ドローンを使ったココヘリの山岳遭難捜索が始まっていたことをSNSで知り、直接運営会社にコンタクトしたのが始まりだった。

山の遭難事故防止にどう貢献できるのか。日々そのことが念頭にあった石沢さんは、少し前からカルチャーセンターで初心者向けの登山教室を開催していた。正しい登山知識を学ぶ人が増えれば、それだけ遭難は減るはずという思いからだ。

そんな石沢さんがドローンによる捜索活動に注目したのも必然だった。そしてそれは、石沢さんにとって、登山ガイドとドローンというまったく異なる二つの知識と経験が、一つにつながった瞬間だった。

石沢さんは現在、ドローンパイロットとして遭難捜索の現場に携わるほか、インストラクターのスキルを生かしてドローン捜索チームのトレーニングを担当。さらには、コールセンターの一員として電話対応業務も兼任している。「道に迷った」という遭難者本人から、あるいは「予定日を過ぎても帰宅しない」という家族からの電話に応対する仕事だ。

「今でも覚えていますが、私が最初に受けた電話はご家族からの第一報でした。その日からご家族は眠れない夜を過ごすわけです。その間、状況をご説明するために何度か電話を差し上げます。結局、発見されましたが亡くなっていたんですね。最後に奥様から電話を頂戴しました。『ありがとうございました。たいへん勇気づけられました』と、泣きながらです。なかなかキツいものがあります。でも、そうやって帰りを待つご家族の不安に寄り添うことも大事な役割なのだと強く思いました。それは仕事という言葉ではくくれないし、使命感のような思い。それがないとこの仕事は続けられないと思いますね」

ちなみに、山で遭難しても発見されなかった場合は「失踪者」扱いになり、最長7年間は死亡認定が下りない。その間、家族は生命保険を受け取れないどころか、保険料を支払い続け、住宅ローンの支払いが免責になることもない。悲しみに暮れる家族は、さらなる重い負担を強いられるのだ。

それを踏まえれば、最低限、捜索の糸口となる登山届けは出しておきたい。それは自身のためでもあり、それ以上に家族のためである。

「ココヘリの電話対応を始めてから、妻からのLINEが増えました。今日はどこの山に行くの? もう下山してきた? なにか問題はなかった? ってね。無理もないんですよ。四六時中掛かってくる遭難案件の電話対応を、私の横でずっと聞いてきたわけですからね。LINEのメールが届くたびに、やはり家族に心配かけてはいけないなと思いますし、あらためて、ガイドという自分の責務を心に刻むことになります」

冬と夏の現場で何を着て、どうメンテナンスしているのか

石沢さんとアークテリクスの付き合いは長い。ガイドになってから使っていたウェアには何に不満もなかったが、そのブランドが日本に入ってこなくなったタイミングで、アークテリクスを着るようになった。以来、約20年になる。

そんな石沢さんの選択は、冬から春にかけては3レイヤーのゴアテックスプロ素材を使ったバックカントリー向けのシェルジャケットとシェルパンツである。

「1月2月の月山は寒いですよ。稜線に出るとマイナス15度くらいになります。風も吹いているので、体感気温はもっと下回りますね」

冬になると日本海の水蒸気をたっぷり含んだ大陸からの季節風が月山にぶつかり、大量の雪を降らせる。冷たい湿気を含んだ風は月山を過ぎると蔵王に至り、アオモリトドマツにぶつかって樹氷に変わる。つまり、厳冬期の石沢さんは、樹氷になるほど湿った冷気のなかでは活動しているということだ。

「それでもハイクアップ中はけっこう汗をかくので、まずはウェアのなかに熱気がこもらないことがなにより大事。その点でゴアテックスは欠かせないと思いますね。私が長年使っているのは、『ラッシュジャケット』と『ラッシュビブパンツ』。あのシェルの薄さでなぜ厳冬期の寒さをカバーできるのだろうかと、いつも不思議に思います」

一方、夏の活動では、同じく3レイヤーのゴアテックスプロを使った「アルファジャケット」と「アルファパンツ」。軽さと強さを両立させたシェル上下。登山ガイドと地図改訂の実地調査で、雨の日も休みなく山に入り続ける石沢さんには、なくてはならないチョイスだろう。

「私は山から帰ってきたらウェアを全部きれいに洗い、しっかりハンガーにかけて日陰に干して、それからビールを開けます。そうして干してあるウェアを見ながらビールを飲むのが、私の至福の時間なんです。今日もいい1日だったなと」

石沢さんの洗い方は、水を張ったタライで手洗いが基本だという。洗剤は使わず水洗いのみ。シェルパンツの裾に付いた泥汚れはブラシで優しくこすってから洗い流す。

「私は歩き方が良くないようで、レインパンツの裾が泥で汚れるんですよ。先ほどもお伝えしたように、地図調査のときは雨の日が多いので、行動中はだいたい泥だらけ。それでもゴアテックスなので、まあ快適ですね。でも、そうやって長く使ったウェアは、たまに水が浸みてくることがあるかな」

それは「水が浸みてきた」のではなく、撥水性が低下した状態だと想像できる。撥水しなくなった表地の表面に水が広がり、それがゴアテックスの透湿性にフタをしてしまう。その結果、内側が結露で覆われ、「濡れた」と思わせる。その場合は、洗剤でしっかり洗って油分を落とし、日陰に吊してしっかり乾燥させた後に、乾燥機にかければ撥水性が回復する。そうなれば、水の浸み感はなくなるはず。

ゴアテックスは生地自体が破れたり、穴が開いたりしない限り、メンブレンの構造上、水が浸みてくることはない。長く酷使して表地のナイロンは削れたとしても、メンブレンまで届いていなければ大丈夫。そしてメンブレンは思ったよりも丈夫だ。

「マジですか?! 私は洗剤で洗ったことは一度もなく、ずっと水洗いでしたよ。洗濯機で洗っていいものなのですね。乾燥機にかけても大丈夫なんですか?」

撥水性の回復には加熱が一番効果的。低温に設定した乾燥機にかけるか、当て布をした低温のアイロンがお勧めだ。


「なるほど。ということは、私のウェアはきれいになったように見えて、まだまだ汚れが溜まっているんですね。私も洗濯機で洗ってみるかな。今日、帰ったらやってみますよ」