ReCARETMSTORIES
修理受付やその場での応急対応を行うReBIRD Service Counterでは、同時にウェアメンテナンス方法も伝えている。経験から得た長持ちしているウェアの共通点とは。
文=寺倉 力Chikara Terakura
「ARC’TERYX ReBIRD™ Service Counter」では、アークテリクス製品の修理を受け付けると同時にメンテナンスの必要性やその方法を伝えている。これまで2000件の修理案件を担当してきた専任スタッフに訊く、修理が必要なウェアに共通する故障と、長持ちしているウェアの共通点とは。途中、日本ゴア社の担当者へのインタビューも交えて、ゴアテックスウェアを洗濯する必要性をあらためて確認していく。
「製品に翼を与え、再び空へ」というサービス
アークテリクス製品の修理を受け付ける「ReBIRD™(リバード)サービスカウンター」は、国内では東京・丸の内と大阪・心斎橋という2つのブランドストアに設置されている。カウンターでは専任スタッフが対応し、ファスナーの引き手交換や小さな傷にパッチを貼るといった軽微な修理は、その場で無償で行われ、それ以上の修理が必要と判断されたものはアークテリクスリペアセンターに送られる。
たとえば、ゴアテックスのウェアの場合、生地の破れやシームテープの剥がれはリペアセンターで修理できるが、生地自体の剥離は修理できないため製品寿命という判断になる。また、裾の圧着部分に一部でも剥がれが生じていると、裾周りはすべて交換修理になる。ほかの部分も劣化している可能性が考えられるからだ。あるいは、ファスナー交換で持ち込んだはずが、別の個所の故障が見つかることも、古いウェアではありがちだ。
そうした故障個所の確認から修理の方針までをていねいに説明しながら進められるのが、対面サービスの最大の特長だと、大阪・心斎橋店ReBIRD™サービスカウンター専任スタッフの林彰文さんは言う。
「お客様と対面でウェアのコンディションを確認ができることに大きな利点を感じています。十分にコミュニケーションを取りながら進められるので、修理内容をよくご理解いただけますし、納得していただけることが多いです。その際、ウェアのメンテナンス方法などさまざまなことをお伝えできる点も有意義だと感じています」
アークテリクスのサスティナビリティプログラム「ReBIRD™」がカナダ・アークテリクス本社でスタートしたのが2021年5月のこと。日本で始まったのは翌2022年10月、国内初のReBIRD™サービスカウンターが設置された東京・丸の内ブランドストアのオープンからだ。林さんはそのタイミングで専任スタッフとして丸の内店に勤務。2023年9月から現在の大阪・心斎橋ブランドストア開店に伴って異動して現在に至る。これまでの2年間でお預かりした修理事例は2000件以上になるという。
アークテリクスの循環型社会への取り組みは、製品が長持ちすればそれだけ環境負荷軽減につながる、というシンプルな考え方に基づかれている。当然、素材調達、デザイン、製造、流通などあらゆるプロセスでの対策も推し進めるが、それ以上に製品のライフサイクルを長引かせることを重視しており、創業以来こだわってきた耐久性の追求がそれを支えている。
この考え方をさらに推し進めたのが、製品のライフサイクルそのものの循環を主旨としたReBIRD™プログラムである。三つの柱で構成され、まずは製品のメンテナンスやリペアの「ReCARE(リケア)」。続いて、製品の下取りと再販プログラムの「ReGEAR(リギア)」。そして、廃棄対象製品をアップサイクルする「ReCUT(リカット)」。このうち、日本ではリペアを担うReCAREサービスが先行して稼働している。その具体的な展開がこの「ReBIRD™サービスカウンター」である。
デニムとゴアテックスは洗わないという神話
ReBIRD™サービスカウンターがゴアテックスウェアの洗濯に力を入れているのは、それが必要とされている現状があるからだ。現在、持ち込まれている修理品を見ると、多くの場合クリーニング不足に起因しているものだという。なかには転倒などで破損したものもあるが、圧倒的に多いのはシームテープや裾周り、袖周りの圧着部分の剥がれ。生地自体のラミネートが剥離している場合も少なくない。それらの修理品に共通するのは、洗濯された形跡がほとんどないことだった。
アークテリクス直営店では、ゴアテックス製品を購入した方には、日本ゴア社制作の冊子「GORE-TEX PRODUCTSメンテナンスブック」を手渡し、口頭で洗濯の必要性を説明している。
だが、実際にサービスカウンターに持ち込まれる修理品からわかるのは、予想以上にゴアテックスウェアの洗濯がなされていないという現状だという。実際のところ、メンテナンス自体が余計な手間と感じる人もいるだろうし、慣れないゴアテックスの洗濯に二の足を踏むという気持ちもわからなくはない。
林さんによれば、ゴアテックスウェアの修理を依頼する人のなかで、これまで洗ったことがないという人は約半数。残り半分のなかには年に1回くらい、シーズンの切り替わり時期に洗う人が含まれているため、ゴアテックスウェアに必要な着用後の小まめな洗濯がなされているのは、全体の2割程度だという。
「ゴアテックスは洗ってはいけないと思っていました、という方がまだまだ多数いらっしゃいます。クリーニングされていますか? とお聞きすると、『買ってから1度も洗っていない』と当然のように答えられる方もいらっしゃいます。洗い方がよくわからないし、特殊なコーティングのようなものが洗濯で落ちてしまうのでは? という感覚の方も少なくないようです」
ゴアテックスを洗ってはいけない、という説は予想以上に根強いようだ。仮にゴアテックスの機能性が洗濯で落ちるくらいなら、降雨のなかでは着られないことになるのだが、そうした自明の理を上回るほど誤った思い込みが蔓延しているようだ。
同じように、デニムは洗ってはいけない、というジーンズ愛好家の間でよく知られた話がある。当然、穿いた際の汗や皮脂汚れは洗い流されることなく生地に残るわけで、普通に考えれば非衛生的な話だ。それでも洗濯によってデニム特有の風合いが損なわれるよりはマシだという。まったく、マニアの情熱は計り知れないものがある。
だが、ゴアテックスの場合は、それとは大きく事情が異なる。ゴアテックスは洗濯によって損なわれるものはないに等しく、むしろ、洗濯しないことで失われるのは、ゴアテックスの機能性という存在価値そのものである。
ゴアテックスは水には強いが油は苦手
現在、東京と大阪のReBIRD™サービスカウンターに持ち込まれる修理品は、アークテリクス全製品のなかでもゴアテックスのシェルが60%を占めているという。年代でいえば、2018、2019年あたりの製品、つまり、着用して5、6年目というものが多く、10年前や15年前の製品が持ち込まれることも少なくない。だが、興味深いのはどの年代の製品でも修理個所と内容はほぼ変わらないということだ。
「私たちは表地や裏地とメンブレンが剥離したものを『剥離』、圧着部分が剥がれたものを『圧着剥がれ』と分けて呼んでいるのですが、どの年代にも共通して多いのが圧着剥がれ。フードのツバや、裾周り、袖口、シームテープといった個所ですね。また10年以上経つと、たいていポケットやベンチレーションのジッパーが硬化して交換対象になります。一方、生地の剥離が多いのは、汗をかきやすい首周りと、夏は肌と直接触れる袖の前腕、つまり皮脂汚れの影響を受けやすい部分です」
熱圧着はアークテリクスが独自開発したテクノロジーで、縫製を必要としないことで軽量化や着心地の向上など多数のメリットを生んでいる。これはウレタン系のホットメルトを使用してナイロン生地同士を熱圧着しているため、ある程度の年数が経つと劣化や加水分解を起こす可能性がある。
修理では圧着部分をいったん剥がし、あらたなパーツを熱圧着するという工程になる。その際、何年も洗濯していない生地は浸み込んだ油分のために安定した再圧着ができず、修理不可能という結果になる。これはシームテープの貼り替えも同様だ。
着用を重ねると表地の撥水性が低下してくるが、これも主に皮脂汚れなど油分の影響である。仮にタウンユースでそこまで汚れてないように見えるジャケットだったとしても、1回でも袖を通せば必ず油分の影響を受ける。人間の汗にはもれなく油分が含まれているからだ。
人は運動しているときはもちろん、静止しているときでも絶えず発汗を続けている。この汗に含まれた油分が、実はバクテリアのエサとして悪臭の原因になり、同時にゴアテックスに悪影響を与えるのだ。
「ゴアテックスは水には強いのですが、油分にはそこまで強くないんですよね。私たちが機会あるごとに洗濯をお勧めしている理由はそこにあります。生地に悪影響を与える油分を洗濯によって洗い流すことで、ゴアテックス本来の機能を回復させ、同時に剥離や圧着剥がれのリスクを軽減し、少しでも長く着続けていただきたいと考えるからです」
日本ゴア社の担当者に聞く、ゴアテックスを洗ってほしい理由とは
阿部功さんは、日本ゴア社でアウトドア関連全般のマーケティングを担当している。たとえば、新しい素材が登場したときなどに、国内メーカーや輸入代理店、専門店などに向けて新機能の説明を行うのも彼の仕事だ。
その阿部さんにゴアテックスの洗濯について話をうかがった。ゴアテックスを洗濯することのメリットとデメリット、なぜ、ウェアは洗ったほうが長持ちするのか。これまでの話の裏付けとなる専門家の見解だ。
なぜ、ゴアテックスは洗ったほうがいいのでしょうか?
阿部:洗わないほうが、生地は早く痛みます。そこはなかなかイメージしにくい点だと思いますが、洗わないことで皮脂汚れの影響が顕著にでるのが、まずはシームテープの剥がれです。シームテープが剥がれると防水性が損なわれます。これを少しでも軽減させるためには、着用したらなるべく洗う。洗って皮脂汚れを落としてあげることが重要なポイントです。
皮脂汚れはゴアテックスウェアの寿命に影響を与えると。
阿部:洗濯のメリットとしては2つがあり、ひとつは先ほどの寿命に関するもので、もうひとつは着心地やパフォーマンスに関する影響です。着用すれば必ず生地にホコリや皮脂汚れが付き、それが撥水性に悪影響を与えます。雨が、水玉となってコロコロと流れなくなり、表地が濡れたように水分が広がり、汗が抜けにくくなります。洗濯によってホコリや油脂分といった汚れが洗い落とされ、水の弾きも回復する。耐久性とパフォーマンス、この2点で洗ったほうがいいということですね。
逆に洗うことのデメリットはありますか?
阿部:洗うことのデメリットはほとんど見当たりません。表地や裏地などの生地選びの際も、洗濯耐久性の試験は必ず行われます。その厳しい基準をクリアしていますので、家庭の洗濯機で洗っていただいてもまったく問題はありません。ただし、弊社は素材ブランドですので、完成形としてのウェアの、たとえば、パーツやポケットといった付属部分へのダメージは、もしかしたらあるかもしれません。したがって、それぞれの製品に付いている洗濯表示にしたがっていただくのが大前提です。
ゴアテックスプロダクトごとに洗い方は違いますか?
阿部:どのゴアテックスウェアでも同じように洗っていただいて問題ありません。ファスナーを閉めて、洗濯ネットに入れて、薄めの液体洗剤で、柔軟剤や漂白剤を使わずに洗濯機でしっかり洗う。すすぎを多めにして、洗濯後は陰干しした後に、熱を加えて撥水性を回復させる。それが一般的に推奨している洗濯方法です。
陰干しではなく、日向に干してはだめですか?
阿部:ゴアテックスの機能性、つまり防水、透湿、防風という点ではまったく問題ありません。実際にアウトドアで着ていただく時点で、すでに紫外線を浴び続けますから。ただし、紫外線を浴びると色落ちしやすいので日陰干しを推奨しています。
撥水性回復の重要性をあらためてご説明いただけますか。
阿部:水を弾かなくなった表地には水分が浸み込み、水の膜がメンブレンを覆った状態になるため、内側からの水蒸気を通さなくなります。それを防ぐのが撥水性の回復の目的です。ただ、ここで勘違いされがちなのが、表地が濡れているからといって、水が中まで浸み込んでいるわけではありません。水分は必ずメンブレンで止まります。着心地として濡れたように感じるのは、水分を含んだ表地に肌が触れれば冷たさを感じますし、内側は結露した汗で濡れを実感します。見た目と、気温と、汗戻りが合わさって、水漏れしていると勘違いされるということです。
長く使ったゴアテックスの生地が水漏れすることはありますか?
阿部:メンブレンの耐久性でいえば、長く使っても、破損を除き、浸水することはほとんどありません。ウェアとしての寿命を考えたときには、ゴアテックスの生地よりも先にほかの個所が先にダメになるはずです。また耐摩耗性の評価も厳しく行っているので、たとえば、ガイドのように着用頻度が極端に高い人が使っても、そう簡単にはダメにならない生地選びはしています。もちろん、物理的なダメージが加われば穴が開きます。長く使えば使うほどそうした機会も増えるので、その点でのリスクはあると思います。
洗う頻度はいかがでしょう?
阿部:着用するたびに洗うというのが望ましいです。なぜかというと、生地に油分を蓄積させておきたくないからです。それが劣化につながりますので、なるべく早い段階で取り除いてあげたい。ただし、使い方や個人の感覚によって変わってきますので、ご自身が洗いやすいタイミングで、それがストレスにならないよう継続的に洗濯していただければと思います。
愛着あるウェアを長持ちさせるために
ここ数年の大きな動きで、ゴアテックスの非フッ素系素材への転換がアウトドア業界の話題を集めている。PFASフリー、つまり非フッ素系のDWR(耐久撥水)加工と、フッ素を使わない新たなePEメンブレンへの切り替えである。これはゴア社が10数年前に行ったライフサイクルアセスメント、つまり、ゴアテックス製品の製造から破棄までの環境負荷に対するアセスメントに端を発していると阿部さんはいう。
「このときの評価としては、買い換えるよりも同じものを長く使い続けたほうが環境にいいと。当たり前ですね。耐久性のある製品を市場に出し、ユーザーの方に洗っていただきながら長く使っていただきたい、というのはこの頃からすでにスタートしていました。それと同時にリサイクル素材の採用や、フッ素化合物への懸念が上がってきました。そうした長年にわたる取り組みを続けてきたなかの一つとして、ePEメンブレンへの転換があるとご理解いただければと思います」
フッ素には油分を弾くという特性がある。それを使わない新しいDWR加工とePEメンブレンは、皮脂汚れに対して脆弱なのではないかという懸念がアウトドア業界内にあるのは事実だ。だが、アークテリクスReBIRD™サービスカウンターの林さんと、日本ゴア社の阿部さんへの長いインタビューを通じて理解を得たのは、着用したら洗濯する、という習慣の大切さだ。
林さんが日々お預かりしている修理品の大半は、非フッ素系転換前のゴアテックスであり、本来の高機能を維持し、できるだけ劣化を防ぐには、洗濯によって油分を取り除くことが不可欠。その大原則の前にメンブレン素材の違いはないに等しい。
「洗っていないウェアはメンブレンが剥離していることが多く、逆にそれより古い時代のジャケットでも、しっかりメンテナンスされているものは撥水性もあって程度もいい。やはり、メンテナンスされている方のウェアは、全体的に状態が良くて長持ちしているという点で共通していますね」と林さん。
最後にもう一度繰り返すが、着用したTシャツは毎回洗うように、ゴアテックスのウェアも着たら洗うものと考えればいい。それがいつも快適に袖を通せる秘訣であり、愛着のあるウェアを長く着続けるための、唯一にして最良の方法なのである。
※以下のリンクにはアークテリクスが推奨する自宅でできるゴアテックスウェアの洗濯方法が動画やテキストで記載されている。実際の洗濯から乾燥、撥水回復までのきめ細かい解説と、実用的なTIPSが満載。ぜひご確認を!