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ゴアテックス製品の修理を担うリペアセンターでは、本来の機能が回復するまで如何に修理されているのか、その細部に迫る

アークテリクスリペアセンターARC'TERYX Repair Center

文=寺倉 力Chikara Terakura

ゴアテックスウェアはどのように修理されているのだろうか。修理の多い個所はどこで、それはどのようなコンディションなのか。特殊なメンブレンをラミネートしたゴアテックスの生地は、どう修理すれば、本来の機能が発揮されるまでに直るのか。国内では稀少なゴアテックス認定工場のひとつにある、アークテリクスリペアセンターを訪ねた。

アークテリクスリペアセンター

アークテリクス製品の修理を一手に担う正規修理工場。国内でも数カ所しかないというゴアテックス認定工場内に設置され、全国の直営店や販売店を通じて集まる製品修理を担っている。

ゴアテックスウェア修理の現場に潜入

国内でゴアテックス製品を修理できる工場は非常に限られている。その以前に、製造できる工場すら実は数社しかないのをご存じだろうか。製品の機能性と信頼性に対しての責任として、ゴア社の認定を受けた工場のみがゴアテックスを使った製品の製造を許されているからだ。また、それぞれ製造工程においても厳しいガイドラインが設けられており、たとえば、ウェアの防水性を左右するシームテープの貼り付けには、シームテープの幅ごとに違ったライセンスが存在しているほどだ。

そんなシビアな製造管理を徹底しているゴア社だけに、修理においても同様に厳しい。国内では片手にも満たない数しかないゴア認定工場のなかで、同時に「認定修理センター」に指定されているのはただ一社。その工場内にアークテリクスリペアセンターが置かれている。アークテリクスReBIRD™プログラムの日本での責任者、室田剛さんの案内で修理の現場を訪ねた。

ワンフロアの工場内にはいくつかのラインが稼働しており、アークテリクスのリペア工房はその一角にあった。教えてもらわなければ、製造ラインと見分けられなかったかもしれない。リペアの専任スタッフは4人。一人一台ずつミシンを前にした製造ラインと違い、リペアスタッフのデスクに据え付けられているのは、なにやら見慣れない機械だった。

「熱圧着用のヒートプレス機です。ゴアテックスウェアの場合、圧着部分の剥がれが多く、全体の7、8割になります。裾の身返し、袖の身返し、シームテープ。このうちどこか一個所が剥がれてくると、ほかもだいたい同じタイミングで剥がれてきます。だから、圧着剥がれの場合、この3点をセットで貼り替えることが多いです。その際、まずは古い糊を取り除く必要があり、そのときもこのプレス機を使います。そのため、一人一台プレス機がないと仕事にならないというわけです」

修理品1点ずつには作業指示書が1枚添付され、リペアスタッフは指示された修理内容と現物を照らし合わせてから作業を始める。いわゆる「トヨタのかんばん方式」だ。これまで、いくつかのブランドのリペア現場を取材してきたが、いずれもこの方法で修理作業が管理されていた。おそらく、修理の現場ではいちいちタブレットをタッチして確認するより、紙のプリントアウトのほうが一目瞭然でミスタッチもない。なにごともDX化がいいとは限らないのだ。

この作業指示書を作成したのは受付部門で、修理品目すべての情報と修理の進捗はすべてオンラインで管理されている。担当は2人の女性で、全国のアークテリクス直営店とReBIRD™ サービスカウンター、そして正規販売店から日々送られてくる修理品を一点一点確認してデータ化。それぞれの修理内容と作業時間を勘案しつつ、修理の段取りを決めていく。また、修理代金を見積もって販売店に戻すのも、製品修理全般を把握している彼女たちの仕事だ。

シームテープが剥がれた往年のアルファSVジャケットをどう直す?

真っ先に私たちが目にしたのは、修理に取りかかる寸前のハードシェルジャケットだった。紫がかった濃紺にゴールドのロゴマークという組み合わせは今では懐かしさを覚える配色で、内ポケットには大きく「α/SV」の文字。往年のアルファSVジャケットである。「2011年9月製造分ですね」と製品タグを確認した室田さんは言った。

今から13年前の製品にしては状態は良さそうで、古さや劣化を感じさせる要素は少なく、生地の発色もいい。おそらく、それなりのケアがされてきたはずだ。持ち主が大切に使ってきたであろうストーリーが思い浮かぶ。

だが、オペーレーターがフロントファスナーを開けると、裏地ではほとんどの圧着部が劣化しているのがわかった。シームテープは剥がれて裏地にぶら下がり、裾の身返しとウェストドローコードトンネルは、剥がれたタフタ生地からドローコードが露出している。

「これだけバラバラになっていても、裏地の状態は悪くないから、おそらく驚くほどきれいに直るはずですよ」

「圧着剥がれ」の修理は圧着部を解体することからはじまる。一個所剥がれていれば、ほかも同様に劣化している可能性があるので、ほとんどの場合、すべての圧着部を交換するという。すでに剥がれかかった部分だけに、裏地から取り除くのはそう難しいことではない。圧着跡には古い接着剤が残るが、再圧着のためにこれもきれいに除去する必要がある。

接着剤は熱をかけて溶かして接着するホットメルトと呼ばれるもので、古いホットメルトを取り除くためには、再び熱を加えて溶かす必要がある。そのため、溶けた溶剤を吸収させるためのウエス(残布)を挟んでヒートプレス機で加熱する。その際、プレス面にもわずかに接着剤が残る。これをそのままにしておくと、次の作業で裏地のどこかに余計な溶剤を付けてしまう可能性がある。そのため、使うごとにプレス面をていねいにクリーンナップしている。なかなか根気のいる作業だ 。

ちなみに、破れた生地の応急処置として、ダクトテープやゴリラテープを貼る方が少なくないが、いずれも粘着力が強すぎるため、ゴア認定修理工場をもってしても残った接着剤を除去することが不可能というから注意が必要だ。たとえ、ほかが新品同様の状態だったとしても修理対象として受け付けてはもらえない。だから「必ず市販のリペアテープを使ってほしい」と室田さんは言う。

さて、古い接着剤の除去が終わると、ようやく身返しの再圧着だ。身返しとは生地の末端を折り返す加工のこと。ほとんどの衣類は生地を折り返して縫製しているが、アウトドア用ジャケットの場合は、薄くて滑らかなナイロンタフタを縫い付け、裾はドローコードを通すトンネル状に仕上げることが多い。アークテリクスの場合、これが縫製ではなく熱圧着になる。

接着剤のホットメルトは正式にはアドヒーシブシートといい、両面テープのように両面に粘着面があるテープ状で提供される。通常はアイロンなどで加熱することで溶剤が溶けて接着できるが、それでは強度が足りないので、180℃の熱を加えながらプレスで圧力を掛けて圧着強度を出す。これが「熱圧着」である。

まずはアドヒーシブシートを必要なサイズにカットし、片側の離型紙を剥がして裏地側に貼って、アイロンで仮固定。次にもう片面を剥がしてタフタ生地を貼りつけ、同様に仮固定する。その際、あえて2、3mmほど接着剤をはみ出しておくのがアークテリクスのレギュレーション。タフタ生地の断ち端までもれなく圧着させるため工夫だ。

次にいよいよ本圧着になるのだが、仕上げの質を上げるためには、はみ出した接着剤部分には熱を加えたくない、そのため、そこだけ離型紙を挟んで本プレス。これを圧着部の長さだけ繰り返す。場合によっては縫製よりも手軽に思える熱圧着は、実は二度手間、三度手間にも思えるほど手の込んだ技術だということがよくわかる。

「現場に言わせると、ミシンで縫ってしまったほうが圧倒的に作業は早いそうです。実際、ゴアテックスの防水構造のレギュレーションではこの部分であればステッチが入ってもかまわないんです。けれども、アークテリクスのリペアポリシーは機能性の回復であり、ほとんど原状回復に近いレギュレーションです。だから、それに則って厳密に修理する必要がありますからね」

シームテープの貼り替えは、専用のシーリングマシンを使用する。ゴアテックスの場合は機材の指定があり、それをゴアテックス用に調整されたマシンを使用する。

シームテープはゴアテックスの裏地と同じ素材の片側にホットメルトを乗せたものだ。現在、アークテリクスのシェルで使われている3層構造の素材と同様に、ゴアテックスプロ用のマイクログリッドバッカーと、ゴアテックス用のCニットバッカーの2種類のシームテープがカナダ本社から支給されている。幅は22mm、13mm、8mmの3種類で、ロゴの刺繍部分の目止めに使うシート状のものもある。

シームテープは片側全面をホットメルトで圧着するため、この部分の透湿性はない。そのため、アークテリクスではシームテープの幅を段階的に細くするとともに、パターンを改良しながらシーム部を減らしてきたという歴史がある。シームテープの面積が減れば、それだけウェアの透湿量は損なわれず、軽量化にも貢献できるからだ。

だが、縫い目に沿って細いシームテープを貼り続けていくのは簡単なことではなく、しかも、縫い目の左右を均等な幅で貼り続けるという非常に熟練の技術と経験を要する作業である。

「当然、シームテープが細くなるほど、アローワンスが狭くなっていきます。正確に貼らないと漏水の原因になりやすく、細くなるほどに技術が必要で、現場泣かせの作業と言ってもいいです」

100着あったら修理は100通り、すべてがケースバイケース

「リペアで難しいのは、何一つ、同じ修理がないということです。もちろん、ある程度は類型化されるのですが、同じモデルの同じ修理内容であっても、製品の状態が違うので、一点一点すべてがケースバイケース。そのあたりの難しさがあります」

その代表例は、裾の身返し部分の交換用ナイロンタフタだろう。このウェストをぐるりと1周する細長いパネルは、カナダ本社から取り寄せた70デニールのナイロンタフタ生地を裁断してつくるのだが、驚かされるのは、一点一点修理品の裾周りに合わせて手作業であつらえるのだという。もともとのモデルがあるのだから、それに合わせて型紙を用意しておけば裁断はたやすいと考えられる。だが、そうはいかないのがリペアなのだという。

「以前はモデル名とサイズごとに型紙を用意していたようですが、今は使っていません。ラインナップが増えたこともありますが、一番の理由は、必ずしも型紙通りにはいかないからなんです。なぜかというと、たとえば同じベータジャケットでも、シーズンごとにパターンが改良されています。また、新品と違って実際に人が着用したものですから、それぞれの使用状況によって生地が微妙に伸びたり縮んだりしています。なので、個体ごとに合わせてカットするしかない、というわけです」

アークテリクスのリペアセンターに限らず、これまで取材してきた多くのリペア担当者が口を揃えるように言うのは、「100着あったら修理は100通り。同じ修理はひとつもない」ということ。そしてそれが「ある意味、新品のジャケットをつくるよりも難しい」と言われるリペア作業の本質だ。

「さらに……」と室田さんは続ける。最も重要なのは「お客様からお預かりした製品である」ということ。製造工程の製品なら、万が一、作業でミスがあったとしても、すべてブランド内で解決可能だ。しかし、修理品の場合はそうはいかない。そのうえ、針を使い、熱を加え、糊付けするというリスクの高い作業ばかり。そこが現場の難しさだと言う。

「ご依頼いただいている個所以外の部分を汚してはいけませんし、傷つけてしまうようなことは決してあってはならないわけです。そこに細心の注意を払いながら、細かくテクニカルな作業を続けるわけですから、かなりの神経を使う緊張感ある現場だと思います。もちろん、それにはゴアテックスの構造をよく理解し、ゴアテックスウェアを扱った経験やノウハウが備わったスタッフが修理を担当することが大前提となります」

日頃のケアが大事というひと言に尽きる

さて、ここでひとつ大事な提案がある。もしもウェア修理が必要になったときは、洗濯してから店頭に持ち込むことをお勧めしたい。実際のところ、リペアセンターに届く修理品のなかで、洗濯されて送られてくるものは少数だという。当然、購入してから1回も洗っていないウェアなども送られてくるわけで、それらが現場で開封されたときのことを想像してみてほしい。

リペアセンターの受付担当も実際のリペアを担当するオペレーターも、経験豊富なプロフェッショナルだから、一点一点のコンディション次第で仕事のクオリティを変えることはない。けれども、箱を開けた瞬間に臭いが気になるものと、きれいに洗濯されて届けられたものでは、どちらが気持ち良く仕事に入れるかは明らかだ。

「きれいに洗ってお届けいただくケースはほぼ稀だと思います。かといって、ひどい汚れの状態ばかりかといえば、そこまででもない。これはちょっと、一回は洗わないと到底扱えないなというものは、事前に依頼主にご了解をいただき、洗浄してから作業に入るケースもあります」

事前の了解を得るのは、洗浄によって、修理依頼個所以外の部分が壊れる可能性があるからだ。送る前に洗濯しない理由のなかには、剥がれの進行を恐れる向きもあるだろう。だが、生地自体の「ラミネート剥離」か、裏地に「オイルコンタミネーション」が広がってさえいなければ、基本的にどの年代のウェアでも直る可能性は高いという。

オイルコンタミネーションとはひどい皮脂汚れのことで、裏地に汗汚れが広がり、それが黒く変色している状態のことをいう。その部分は油分が浸み込んでいるため熱圧着が効かず、修理不能という判断になる。生地のラミネートが剥離している場合も同様に修理不能。ゴアテックスのラミネートは誕生以来築き上げてきたキーテクノロジーで、ゴアテックスの機能と品質を担保する技術の要。それをリペアセンターで直すことはできないからだ。

たしかに、年数を経ていれば劣化しやすく、ラミネート剥離を起こす可能性も高いのは事実。だがその一方で、たとえ使用年数の浅い製品でも、ケアが十分でない場合は、剥離に至るケースが多々ある。

「裾や袖口の身返しの剥がれは、着用で摩擦や負荷のかかりやすい場所なので、必ずしもケア不足と断じることはできないんです。けれども、ネック周りでコンタミネーションを起こして黒く変色しているウェアは、明らかにケア不足を見て取れます。その場合は比較的新しい製品でもシームテープは貼れませんし、裏地が浮いてきていることも多い。並行してラミネート剥離につながっているケースがけっこうあるんです。汚れとケア不足、やはり、そこですね」

どのタイミングで修理を依頼したかが一つの分かれ目になるようだ。まだ直せるレベルで収まっていれば、そこからの再生は可能だが、オイルコンタミネーションやラミネート剥離に至ってしまえば、残念ながら修復は不可能。ウェアを快適な状態に保つには、日頃のケアと、早期発見がカギ。自身の健康とまったく同じだ。

ちなみに、現場のオペレーターとしてはどんな修理品でも直してあげたいと思うのが心情で、それがうまくできたときには、自分の作品が完成したときのような喜びと達成感を感じるという。それが人間というものだ。

「ゴアテックスのウェアは、やはり、ケアすることで長持ちしますし、壊れた個所も修理できるわけです。しっかりケアされたウェアは、10年以上前のものでも、驚くほどきれいに直ります。逆に、もう少しケアができていれば直すことができたのに、惜しかったな、と思うケースも少なくありません。そうした意味でリペアの現場から言わせていただけるとしたら、日頃のケアを大事にしてください、と。そのひと言に尽きると思います」